愛を教えて ―番外編―
「おかえりなさいませ。……卓巳さん、お話があります」


どんなに遅くなっても必ず万里子が出迎えてくれる。いつもは笑顔で『おかえりなさい』と言ってくれ、子供たちのいない遅い時間だとキスするのが決まりのようになっていた。

だが、今夜はどこかムードが違う。


「ああ、ただいま。えっと……子供たちは」

「四人とも寝ました。もうすぐ十一時ですから」

「そうか……。その、話は……」


(万里子が怒ってる気がする。私はいつ、彼女を怒らせたんだ?)


万里子の目が卓巳を責めていた。

そのまなざしに、卓巳は思わず腰が引ける。



去年の夏、立志が産まれた直後に事件は起こった。長男の結人が誘拐されそうになったのだ。

大事には至らなかったが、問題はその後である。妻と子供たちの身を案じ、卓巳は警備員を増員した。屋敷の内外や家族たちの周囲を、厳重警戒させるようになったのだ。それも、若いメイドや子供たちが怯えるほどで……。

卓巳のやり過ぎに、ついには万里子からクレームがきた。


『日常生活に支障が出ています。数人の使用人から辞めたいと言われました。卓巳さんが、わたしたちを案じてくださるお気持ちは充分にわかっております。でも、子供たちが普通に過ごせるようにしてやってください』


それでも卓巳は応じなかった。万一のことがあってからでは遅いと思ったからだ。


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