愛を教えて ―番外編―
卓巳が不在、あるいは拒絶した場合、それは太一郎に移る。しかし、先に太一郎が拒絶してしまったので、今、藤原の全権が卓巳の双肩にかかっていた。


朝夜と必ず皐月の病室に顔を出し、睡眠時間は毎日二時間あればいいほうだ。

そんな夫の身体を心配して、万里子が秘書の宗に持ちかけた話であろう。

万里子は、


「おばあ様のために、というお気持ちは充分に。でも、卓巳さんが過労で倒れては、それこそ、おばあ様に心配をかけます。どうか、明日はゆっくりと休んで、そのあと、私とデートしてください」


たどたどしい仕草で卓巳の肘あたりに触れ、泣きそうな瞳で彼を見上げた。

スーツの上着はすでに脱いで万里子に預けてある。

卓巳はネクタイを外すところだったが、その手を止め、万里子の身体を抱きかかえるようにした。


「きゃっ! た、たくみさん?」

「デートは明日だけかい? それとも……今夜も入ってる?」


一気に仕事を忘れ、卓巳の中にハネムーンのときの気持ちが甦った。


「ダメですよ、卓巳さん。今夜はちゃんとお休みになって。ね、デートは明日」

「OK。シャワーを浴びたら、いい子でベッドに入るよ。その代わり……万里子からキスしてくれたら」


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