愛を教えて ―背徳の秘書―
藤原卓巳(ふじわらたくみ)、三十歳。国内最大のコンツェルン藤原グループの総帥。現在は自らが設立したF総合企画の社長も兼任していた。

身長は一七五センチ程度。中肉中背のインテリタイプだ。クールで繊細な容姿の持ち主で、整った顔立ちは宗以上だろう。勤務中は眼鏡をかけるため神経質そうに見える。その点は、朝美の好みとは違った。

加えて、卓巳は秘書の香水や髪型が変わっても、一切気づかない朴念仁だ。

朝美も年に数回、髪の色や長さを変えたり、パーマあてたりする。だが、一度も言われたことはなかった。丸刈りやモヒカンにでもすれば、さすがに気づくのかもしれない。


そんな仕事の虫だった卓巳だが……。

結婚後はきっちりと休みを取るようになった。

下で働く者からすれば万々歳だ。上司が休まなければ部下も有休の申請ができない。卓巳は優秀だが、そういった社会経験はないので気遣いに欠ける部分があった。

朝美自身、その点は海外出張で痛感していた。

下心のあった昔なら我慢して同行していたが、ここ最近は、社長の同行はほとんど宗に任せている。



朝美が一礼して社長室を出ようとしたとき、随分聞き難そうな仕草で、卓巳は声をかけてきた。


「中澤くん――実は妙な噂を聞いたんだが。君が宗と結婚するとかどうとか……。君にはさぞ迷惑な話だろうな」


まさか卓巳の耳まで入っているとは思わなかった。 


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