愛を教えて ―背徳の秘書―
だが、その卓巳が結婚してしまい……。

宗は彼女の標的が替わりつつあることを感じていた。


「社長に妙なことを言われたよ。俺が君との結婚を決めたんだと。しかも理由が君の妊娠……冗談にしちゃ悪質だな」

「真実(ほんとう)だったら悪夢かしら?」


微妙な言葉と共に、朝美の口元が光る。

彼女はシャネルのリキッドタイプの口紅を愛用していた。勤務中、グロスはつけなかったように思う。だが今は……。

唇に残った朱色のカクテルを赤い舌先でペロッと舐め、ルージュは一層艶めいた。


朝美がすこぶる機嫌のよいとき、『本命でないとしないのよ。今日はトクベツ』そんなことを言って口でしてくれたことがある。

およそ女には慣れているはずの宗が、ものの数分で朝美の口技にギブアップした。

著しく手玉に取られているようで、その後は宗からねだることはいなかった。だが、忘れられないテクニックだったのはたしかだ。


今夜の朝美の唇は、その感覚を思い出させる。

そうなると、疼き始めるのが男の下半身というもので――。


宗は内ポケットから煙草を取り出す。しかし、そのラウンジバーが全席禁煙だったのを思い出し、そのまま戻した。

ふと気づけば喉がからからだ。

彼は深いため息と共に、ソフトドリンクで喉を湿らせた。昨日サボったため、これから本社に戻って残業をしなくてはならない。


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