あの人について
「冗談じゃないんだ。雪乃。
ちゃんと聞いてくれ。」
「エイプリルフールじゃないなら何?
悪い冗談はやめて。」
あの人の真剣な口ぶりに
私はだんだん不安になった。
考えてみれば、私は
彼の家に行ったことがなかった。
だけど、そんなことは
特に問題ではなかったし
私たちはほとんどいつも一緒にいた。
週に何度も仕事の帰りに
待ち合わせをして、ご飯を食べて、
私の家に泊まる。
そしてお互いまた仕事に行く。
そんな生活が日常になりつつあった矢先のことだった。
「嫁とはもう関係は終わっている。」
「だから外泊しても何も言われない。」
「子供のために嘘の結婚生活を
続けているだけだ。」
「もうすぐ離婚する。」
「だからもう少し待ってくれ。」
「お前には嘘をつきたくなかった。」
今、思い出しても滑稽な言葉たちを
あの人は必死に伝えようとしていた。
私はその言葉をすんなりと受け入れた。
なぜなのかはわからないけど、
あの人を責めることもしなかったし
別れるという選択肢もなかった。
その時はきっとただ、
あの人のそばにいたかったのだろう。
子供なりに愛を貫き通したかったんだろうと
今は思う。
本当にあっけなく
不倫に足を踏み入れてしまった。