指に光るそれは
指に光るそれは
 美香は、左手を眺めてため息をついた。左手の薬指にはめていた指輪――どこに落としてしまったんだろう。

 自分で買ったものだから、彼氏に言い訳しなくていいのは不幸中の幸いと言っていいのだろうか。

 それから美香は目の前の扉を押す。

 扉の向こう側は、静かな店だった。磨き抜かれた木のカウンターと四人座れるテーブル席が二つ。


「よお」


 カウンターに座った忠之が手を上げる。美香はマスターに


「ギムレット」


 と言っておいて忠之の左隣に座った。
 
 店内には、穏やかな女性ボーカルの歌が流れている。洋楽だから歌詞までは聞き取ることができなかった。

 店内はほとんどがらがらで、後は奥のテーブル席に三人座っているだけだった。
 間接照明で照らされた店内は、柔らかな光で満ちている。


 おしぼりで手を拭く美香の手に忠之の目が落ちた。


「指輪は?」
「どこかでなくしたみたい。新しいの買うからいいけど」


 美香の前にギムレットのグラスが差し出された。それを受け取って、ジンの香りを楽しみながら一口流し込む。
 

「男除けだったんだっけ?」
「そう。会社の先輩が煩くて。彼氏できたことにするのに使ってたんだけど」


 忠之の左手で何かが光る。ごくわずかな光でも輝くそれは、指を動かすたびにきらきらとした。

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