伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
「ひどい! 沖野くんは、トマトと山辺くんの味方なのね!」


俺を浮気夫のように言わないでくれ。

思わずこめかみを押さえてしまう。



「あんたちょっとマジで声大きいし、落ち着け」


瞬間、怒られた子供のように口を尖らせる篠原班長。



「何よー。こんな時だけ年上ぶっちゃってぇ」

「はいはい、すいませんねぇ、年上で」

「嫌味だぁ。年下の、しかも女が偉そうにー、とか思ってるんでしょ」

「思ってませんって」


実際、篠原班長は仕事ができる。

できるというか、恐ろしいほどの努力家で、熱心で、年下だからとか女だからとか関係なく、尊敬してる気持ちはある。


なのに、篠原班長は不機嫌そうに肩をすくめ、



「どうせ周りは、お前なんてもうすぐ30なんだし、さっさと結婚して辞めろよって感じなんだろうけど。私、そういうの嫌だし。っていうか、仕事好きだし」

「………」

「でも、何かさぁ、私が女じゃなきゃ、今日の企画も通ってたのかなぁ、とか、変なことまで思っちゃったりしてさぁ」


そこまでこだわるようなことだとは思えないけれど。

この人は、なぜか女である自分にコンプレックスを持ってて、だから余計、人より――他の男性社員より、頑張ろうとしている節がある。



「あんたが寿退社なんかしたら、課長が泣くでしょ。俺も泣きますよ」


俺の言葉に、篠原班長は力なく笑った。



「ありがとね、沖野くん。ちょっと嬉しかったよ、今の」


あぁ、もう、ほんとにこの人は。

俺がいてやらなきゃっていうか、俺が支えててやらなきゃっていうか。


詰まるところ、俺は篠原班長が好きなのだろうけど。

< 16 / 124 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop