いきなり王子様
研修の後の配属が決まった頃を思い出しながら話す甲野くんは、何だか楽しそうに見える。
そして、特に重苦しい雰囲気も見せず。
他人の事を話すような声には、違和感も感じた。
本社に配属されると思っていたのに、そうではなかった時は、かなり落ち込んだと思うのに、そんな過去はなかったようにあっけらかんと笑っているし。
「甲野くんは、工場の配属が不本意じゃなかったの?
司みたいに相模さんの下で働きたくなかった?」
思わず聞いてしまった私に、ちらりと視線を向けると。
「はっきり聞くね。誰もが俺に対して聞きたくて聞けなかった事なのに」
どこか呆れたような声に、まずい事を聞いてしまったかな、と一瞬思うけれど。
「だって、甲野くん、聞いちゃだめだっていう顔してないし。
工場で仕事してる様子見てたら、今の毎日に不満感じてなさそうだったから」
今日、工場で甲野くんと打ち合わせをしたのはほんの数時間だけど、そんな短時間でも、甲野くんが今の仕事に不満は感じていないとわかった。
というよりも、かなりやりがいを感じているんじゃないかなあと思えた。
工場での設計に誇りや責任感を持って、前向きに楽しんでいる。
打ち合わせで交わした言葉の端々に、そんな思いが見え隠れしていて、何故か新鮮だった。
そして、嬉しくもあった。
そんな私の言葉に、甲野くんはしばらく黙り込んだ後、
「そうだな、不満なんて感じてないな。思いがけずの展開に最初はびっくりしたけど、楽じゃない人生には慣れてるし」
今日一番の優しい声が車内に響いた。