114歳の美女
 「あの時の事は、今も忘れられまへん。おときはんは、棺の中のお兄はんに、身を乗り出して、頬を引っ付けて、泣いておいやしたわ」


 「頬を引っ付けてですか」


 「へえ。それも、狂ったように泣いといやしたぇ。『うちも連れて行って。うちも連れて行って』言うてな」

 「まるで子供ですね」

 「挙句の果ては、棺の中に入ろうとしはりましてな。皆が慌てて止めるやら。もう大変どしたわ」

 「棺の中に入ろうといたのですか。信じられませんね」


 耳の悪い富は、記憶の方は少しも衰えていない。ますます雄弁に、富は語り始めた。


 「棺を運び出す時も、大変どしたわ。おときはんは、棺にすがって大泣きどすやろ。みんな困ってしまっておろおろするばかり。おときはんを何とか引き離して棺を車へ。それをおときはんは、雪が薄っすら積もる中、裸足で追い掛けはってな。着物の裾が、あらわにめくれ上がるのも平気どすぇ」


 富はしっかりした頭で過去を鮮明に引き戻している。






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