白き薬師とエレーナの剣
 コンコン、と外から荷台を叩く音が聞こえてくる。
 キリルは踵を返して出入口から外へ顔を出した後、二人へ振り返った。

「ここから先は歩いていく。二人とも、俺の後ろへついて来い」

「は、はい、分かりました」

 荷台から出ようとするキリルに遅れまいと、いずみは一歩前へ踏み出そうとする。
 刹那、急に膝から力が抜け、前のめりに体勢が崩れた。

「おっと、危ねぇな」

 素早く水月に腕を掴まれ、いずみは転倒を免れる。
 ふう、と一息ついてから、水月はいずみの肩を叩いた。

「歩けないんだったら、オレが背負って行こうか?」

 一緒に遊んでいた時と変わらない、からかいの色。それが今は酷く安心できる。
 いずみはフードから顔を覗かせ、水月に笑いかけた。

「ありがとう、水月。でも大丈夫、一人で歩けるわ」

 怯えているのは水月も同じこと。
 支えようとしてくれる彼を、自分も支えていかなければ。
 深呼吸して気持ちを落ち着けると、いずみは確かな足取りで荷台から降りた。

 外へ出ると、冴えた空気と赤くなり始めた空、そして林の向こう側に佇む消炭色の大きな建物が目に入ってくる。
 要塞を連想させるような、無骨で強固な城。遠目で見ているだけで、その威圧感に息苦しさを感じてしまう。

 既にキリルたちは、いずみと同じ外套を着込んで二列に並び、出発の準備を終えていた。
 先頭に立ったキリルが振り返り、無言で「こっちへ来い」と目配せする。
 いずみと水月が小走りにキリルの後ろへ並ぶと、それを合図に前へ進み出した。

 城の裏側へ回り込むように移動しながら、少しずつ一行は城に近づいていく。
 そびえ立つ城壁の前に到着すると、キリルが歩みを止めた。

「ここで待て」

 短い指示を聞き、残りの者たちが一斉に立ち止まる。
 そして振り返りもせずキリルは再び歩き出し、城壁を築くレンガに手を添えた。

 胸元の高さにあったレンガの一つをグッと押す。
 すると、キリルから木一本分ほど離れた所に、縦に伸びた長方形の穴が城壁に現れる。
 大人一人がギリギリ通れるほどの幅――城へ入るための隠し通路の入り口だった。

 光が一切見えない、暗闇に満ちた入り口。
 あそこへ入ったら、もう二度と外へ出られない気がした。
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