白き薬師とエレーナの剣
 現れたのは、城壁と同じ消炭色をした円形の小部屋。窓はなく、等間隔で並ぶ燭台の火に照らされた薄暗い所だった。

 キリルが中へ入ると、それを待っていたかのように、向こう側にある飴色の扉が開いた。

「お帰りなさいませ、キリル様」

 後ろの男たちと同じ格好――キリルの部下なのだろう。彼は扉を開けるなり、その場へ跪いた。

「陛下がキリル様をお待ちです。お疲れだと思いますが、どうか――」

「分かっている。すぐに陛下の元へ向かう」

 短くキリルは頷き、振り返って背後の部下たちに視線を送る。

「三人ほど俺と一緒に来い。残りはここで待機だ」

 そう指示を出すとキリルはいずみと水月にを一瞥した。

「これから恐れ多くも、陛下が直々にお前たちへ声をかけられる。失礼のないよう応対しろ」

 まばらに二人が頷いたところを見てから、キリルは「行くぞ」と背を向けて歩き出す。
 いずみがついて行こうとした時、隣に水月が並び、優しく包み込むように手を握ってきた。

「お前ならいつも大人たちと話すような感じで喋れば問題ねぇよ。だから、あんまり緊張するな」

「……ありがとう、水月」

 じんわりと伝わってくる温もりが、心を少しずつ落ち着けてくれる。
 きっと同じように水月も不安に思っているはず。
 それが少しでも和らぐようにと願いながら、いずみはそっと手を握り返した。

 キリルを先頭にいずみたちが小部屋を出ると、深紅の絨毯が敷かれた左右に伸びる廊下が現れる。
 最後尾の男が廊下に出て扉を閉める――内側は普通の木製の扉だったが、外側は長方形の額縁に飾られた絵画になっているのが分かった。

「これも隠し扉か……すげぇな」

 ぽつりと水月が呟くと、無駄口を叩くなと言わんばかりにキリルが睨みつける。
 水月は少し肩をすくめて口を閉ざすと、歩幅をいずみに合わせ、並んだまま歩いた。

 握り合っているいずみの手の平に、水月の指が動いた。

『オレたちで決めたことを、言う準備はできているか?』

 いずみは水月の手を、軽く親指で二回叩く。

 幾度となく手の平で筆談を重ね、これからのことを念入りに話し合っていた時に決めた合図の一つ。
 文字を書かなくても、二回叩けば『はい』、三回叩けば『いいえ』だと伝えることができた。

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