白き薬師とエレーナの剣
 相手は狂王。まともに会話ができない可能性も考えられる。
 けれど、不老不死になるための提案ならば、耳を傾けるはず。

 伝説でしかない不老不死。
 それを施す術をもっともらしく聞こえる嘘を、水月と一緒に考えてきた。
 本当は誰にも出来ない不可能なことだと悟られないために。

 いずみは視線を落とし、深く息を吸い込む。

(ここで気後れしていちゃ駄目だわ。水月を生かすため、みなもと再会するためには、戦わないと――)

 不意に脳裏へ、立ち止まって短剣を抜き、囮になると言ったみなもの姿が浮かぶ。
 生きるか死ぬかの状況で、小さな妹が見せてくれた勇気。

 あの時に比べれば殺される可能性が少ない状況なのに、怯えて萎縮してしまうのは情けない気がした。

 ゆっくりと息を吐き出して覚悟を決めていると、水月の指が再び動いた。

『もし上手く言えなくても、オレが助け舟を出してやるから心配するな』

 頼もしい言葉が自分を支えてくれる。
 一緒に捕まったのが水月でなければ、不安と心細さで動くことすらできなかったかもしれない。

 心から水月に感謝しながら、いずみは彼の手を指で二回叩いた。

 壁に点々と燭台があるだけの廊下を歩き続け、一行は突き当りにある扉まで辿りつく。
 廊下の途中でいくつか見かけた扉よりも横幅は広く、重厚感もあり、左右に開くことができる立派な木製の扉だった。

 キリルが扉を叩くと、中から背の高い男が出てくる。
 面長で、北方の人間には珍しく彫りの浅い顔。まとっている臙脂色の軍服に不釣り合いな、穏やかでのんびりした空気を漂わせていた。

 彼は微笑を浮かべていたが、キリルと目が合った瞬間、満面の笑みへと変わった。

「無事にお戻りになられて何よりです、キリル様」

 へりくだりながらも親しげな口調だ。しかし彼とは対照的に、キリルの表情は一切変わらない。

「グイン、俺が戻るまでの間に何か変わったことはなかったか?」

「二日ほど前に陛下のお命を狙うネズミが紛れ込みましたが、すぐに始末しました。陛下に何のお変わりもありません」

 にこやかな顔のまま、どこか嬉しそうにグインが報告する。
 ネズミを始末――間者を殺したと笑顔で答える彼を見て、いずみの背に悪寒が走った。
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