白き薬師とエレーナの剣
「どうしたんだ、エレーナ? そんな上機嫌な顔して」
夕食を終えて自室に戻ってすぐ、水月がいずみの顔を覗き込みながら尋ねた。
「ふふ……ちょっと待ってて」
いずみは水月に背を向けて、机の上に置いた小箱を取りに行く。
小箱が視界に入るだけで頬が緩みそうになり、浮つきそうになる心を深呼吸で鎮める。
けれど、手に取って水月に中を見せる頃には、顔が笑みで崩れてしまった。
「これを私の誕生祝いに頂いたの。一緒に食べましょう」
いずみが一粒摘んでから差し出すと、水月は興味深げに覗き込んだ。
「へえー、こんな菓子は初めて見たぜ。良いのか、遠慮なく食べちまうぞ?」
水月が一番上の粒を摘んだのを見てから、いずみは口の中へ砂糖菓子を放り込む。
上品な甘さを堪能してから歯を立てると、濃厚で甘酸っぱい物が舌を覆う。息を吸うと鼻の奥にまで風味が届き、美味しさが隅々まで広がった。
甘い幸せを噛み締めていると、水月から感嘆の息が溢れた。
「本っっっ当に美味いな、コレ。ここに来てから食べた物の中で一番美味い」
「うん、私もそう思うわ。あ、でも一日一粒ね。大切に長く味わいたいから」
もっと食べたいけれど、一気に食べてしまうのはもったいない。
口の中から消えてしまった後も、いずみは口を閉じて残った風味を堪能する。
そんないずみを見て、水月がからかうように一笑した。
「菓子で喜ぶなんて、オレたちもまだまだガキだよな。……ところで、誰からもらったんだ?」
「実はイヴァン様から頂いたの。ビックリしたけれど、すごく嬉しかった」
本来なら容易に近づけないような立場の人なのに、いつも語りかけて気遣ってくれる。
畏れ多いと思いつつも、イヴァンの心遣いが無性に嬉しかった。
味わい終えてふと水月を見ると、何故か動きが固まっていた。
「……? どうしたの、ナウム?」
「あ、ああ、少し考えことしてた。そうか、イヴァン様から貰ったのか……良かったじゃねーか。せっかくエレーナが貰ったんだから、残りは全部お前の物だ」
心なしか引きつった笑みを見せてから、水月は「あっ」と声を上げた。
「そういえば、じーさんに渡さなきゃいけない物があったんだ。ちょっと行ってくる」
言うなり踵を返すと、水月が慌ただしく部屋を出て行く。
残されたいずみは、扉を見つめながら小箱の蓋を閉める。
(ひょっとして驚かせちゃったかしら? 一国の王子様から何か貰うなんて、滅多にないことだし……)
水月の態度に違和感を覚えつつも、思い当たるのはそれぐらいしかなかった。