白き薬師とエレーナの剣
ジッと見ていては失礼だと思い、いずみが視線を外そうとすると――。
「あの方はペルトーシャ様のご息女のアイーダ様ですよ」
突然真横から声がして、いずみは慌てて振り向く。
いつの間にか臙脂の軍服を着た青年――グインが隣に立ち、薄笑いを浮かべながらいずみを見下ろしていた。
アレは真っ当な人間じゃない、と水月から何度も聞かされている相手。
初めて見た時にも感じた得体の知れない不気味さと怖さに、体が強張り、言葉が出てこない。
いずみの異変に気づいたトトが、咄嗟に手を引き、グインから離してくれた。
「……グイン殿、私たちに何かご用でも?」
小さいながら鋭く硬いトトの声。
目を細めてトトを一瞥した後、グインは軽く吹き出した。
「そんな怖い顔をしないで下さいよ。ただ、彼女がアイーダ様のことを知りたそうに見ていたから、教えてあげようと思いましてね。それに――」
グインはいずみに視線を戻し、にこやかな顔を見せた。
「――ちょっとした秘密を教えたくなったもので」
どうして今この時に、そんなことを言い出すのだろう?
意図も分からなければ、どんな秘密なのか予想もつかない。思わずいずみはトトと顔を見合わせ、互いに困惑の表情を浮かべる。
「あの……秘密って何でしょうか?」
おずおずといずみが尋ねると、グインは辺りを見渡し、何かを確認してから囁いた。
「君のお兄さんのことですよ。今どこに居るか分かりますか?」
水月が今、変装してこの広間のどこかにいるのは知っている。
しかし、どんな変装をしているのか、ということは聞いていない。と言うより、尋ねても「見られたくねぇから」と、頑なに教えてくれなかった。
いずみはキョロキョロと広場を見渡して、水月の姿を探す。
だが、どこを見てもそれらしい人物は見つからず、首を横に振った。
それを見てグインは満足気に微笑むと、おもむろに顎でイヴァンたちのほうを指した。
「手がかりはイヴァン様の近く……一人一人顔を見ていけば気づくと思いますよ」
言われた通りの場所を、いずみは目を見開いて凝視する。
イヴァンの近くにいるのは、アイーダと年齢層の高い来賓が数人と、酒を注ぐ給仕の女たちと、背後に控える中年の兵士ぐらいだ。水月の姿はどこにも――。
「……あっ」
危うく大声が出そうになり、いずみは手で口を覆う。
言われるまで気付かなかったが、給仕の女性たちの中に、比較的あっさりした顔立ちの女性がいる。
長く目で追っていると、化粧で美しく整えられている彼女の顔に水月の面影が重なっていく。
優美に微笑みながら、洗練された動きで酒を注いでいく。
本当の女性よりも女性らしい姿に目を奪われていると、ふと水月が顔を上げた瞬間に視線が合う。
刹那、彼の目が気まずそうに横へ逸れる。
しかし、即座に剥がれかけた仮面を付け直し、何事もなかったように給仕を続けた。
隣りを見ると、トトも気づいたらしく、驚きで口が開きっぱなしになっている。
言葉を失うことしかできない二人を、グインが声を殺して笑った。
「キリル様が手取り足取り教えたみたいだから、それなりの変装になるとは思っていましたが……まさかあそこまで化けるとは思いませんでしたよ。本当は口止めされていましたが、この驚きを誰かと共有したくて、つい……」
付きっきりでキリルが水月に変装術を教えていたのは知っていた。
ただ、あのキリルが女性の動作一つ一つを丹念に教えたということは、本人もできて当然ということ――状況が分かっても、まったく想像がつかなかった。
「あの方はペルトーシャ様のご息女のアイーダ様ですよ」
突然真横から声がして、いずみは慌てて振り向く。
いつの間にか臙脂の軍服を着た青年――グインが隣に立ち、薄笑いを浮かべながらいずみを見下ろしていた。
アレは真っ当な人間じゃない、と水月から何度も聞かされている相手。
初めて見た時にも感じた得体の知れない不気味さと怖さに、体が強張り、言葉が出てこない。
いずみの異変に気づいたトトが、咄嗟に手を引き、グインから離してくれた。
「……グイン殿、私たちに何かご用でも?」
小さいながら鋭く硬いトトの声。
目を細めてトトを一瞥した後、グインは軽く吹き出した。
「そんな怖い顔をしないで下さいよ。ただ、彼女がアイーダ様のことを知りたそうに見ていたから、教えてあげようと思いましてね。それに――」
グインはいずみに視線を戻し、にこやかな顔を見せた。
「――ちょっとした秘密を教えたくなったもので」
どうして今この時に、そんなことを言い出すのだろう?
意図も分からなければ、どんな秘密なのか予想もつかない。思わずいずみはトトと顔を見合わせ、互いに困惑の表情を浮かべる。
「あの……秘密って何でしょうか?」
おずおずといずみが尋ねると、グインは辺りを見渡し、何かを確認してから囁いた。
「君のお兄さんのことですよ。今どこに居るか分かりますか?」
水月が今、変装してこの広間のどこかにいるのは知っている。
しかし、どんな変装をしているのか、ということは聞いていない。と言うより、尋ねても「見られたくねぇから」と、頑なに教えてくれなかった。
いずみはキョロキョロと広場を見渡して、水月の姿を探す。
だが、どこを見てもそれらしい人物は見つからず、首を横に振った。
それを見てグインは満足気に微笑むと、おもむろに顎でイヴァンたちのほうを指した。
「手がかりはイヴァン様の近く……一人一人顔を見ていけば気づくと思いますよ」
言われた通りの場所を、いずみは目を見開いて凝視する。
イヴァンの近くにいるのは、アイーダと年齢層の高い来賓が数人と、酒を注ぐ給仕の女たちと、背後に控える中年の兵士ぐらいだ。水月の姿はどこにも――。
「……あっ」
危うく大声が出そうになり、いずみは手で口を覆う。
言われるまで気付かなかったが、給仕の女性たちの中に、比較的あっさりした顔立ちの女性がいる。
長く目で追っていると、化粧で美しく整えられている彼女の顔に水月の面影が重なっていく。
優美に微笑みながら、洗練された動きで酒を注いでいく。
本当の女性よりも女性らしい姿に目を奪われていると、ふと水月が顔を上げた瞬間に視線が合う。
刹那、彼の目が気まずそうに横へ逸れる。
しかし、即座に剥がれかけた仮面を付け直し、何事もなかったように給仕を続けた。
隣りを見ると、トトも気づいたらしく、驚きで口が開きっぱなしになっている。
言葉を失うことしかできない二人を、グインが声を殺して笑った。
「キリル様が手取り足取り教えたみたいだから、それなりの変装になるとは思っていましたが……まさかあそこまで化けるとは思いませんでしたよ。本当は口止めされていましたが、この驚きを誰かと共有したくて、つい……」
付きっきりでキリルが水月に変装術を教えていたのは知っていた。
ただ、あのキリルが女性の動作一つ一つを丹念に教えたということは、本人もできて当然ということ――状況が分かっても、まったく想像がつかなかった。