白き薬師とエレーナの剣
 確かにこれは言いたくなるかも……。
 水月に悪いと思いつつ、いずみが今の話に共感していると、グインは真っ直ぐにこちらを見据えてきた。

「君のお兄さんは、まだまだ秘密を隠し持っていますよ。恐らく、この広間にいる誰よりも一番多く……知りたくないですか?」

 口調は変わっていないが、さっきよりも視線が鋭くなっている。

 ぶるり、といずみの肩が震える。
 怖い。でも何か言わなければ、余計に怖い思いをさせられそうな気がする。

 どうして急にそんなことを言い出したのか、グインの真意は分からない。
 それなら素直に思ったことを伝えようと、いずみは口を開いた。

「人の知られたくないことを無理に暴きたいとは思いません……それに、私は兄を信じていますから」

 いつも飄々とした笑顔の裏に、秘密が隠れていることは薄々気づいていた。
 けれど、自分のことを全力で守ろうとしてくれることも、生死を共にしてくれる覚悟も伝わってきている。そんな相手を疑いたくはなかった。

 目を逸らさず、互いに無言で視線をぶつけ続ける。
 と、グインが肩をすくめてゆっくりと踵を返す。

「見た目によらず強いですねぇ、君は。私には絶対にできませんよ、そんな自分の命を無防備に預けるなんて真似は……」

 そう言い残し、グインは静かにこの場を離れていく。
 あまりに静かで、姿が見えなくなってもグインが去ったことが信じられない。
 しばらく固まったまま、いずみは呼吸を忘れる。

 ポンポン、とトトに腕を叩かれて、ようやく我に返ることができた。

「もうあの男はいなくなったよ。大丈夫かね、エレーナ?」

 トトの声を聞いて、いずみの胸に安堵が広がる。思わず大きく息をついてしまった。

「ありがとう、トトおじいちゃん。もう平気だから心配しないで」

 どうにかぎこちなく微笑むと、いずみは目の前の宴に目を戻す。
 しかし、グインとの短いやり取りで一気に疲れてしまい、せっかくの踊りを楽しんで見ることはできなかった。

 ビィンッ、と低く重みのある弦楽器の音が大きく鳴り響く。この音を合図に静かな調べは終わり、踊り子たちが入れ替わる。
 その間隙を見て、トトはいずみに目配せした。

「陛下のご様子を見に行くよ。ついて来なさい」

 いずみは短く頷いてみせると、足元に置いてあった薬箱を手にし、トトと共にジェラルドの元へ向かう。

 近づく途中でジェラルドがこちらに気づき、鈍い動きで顔を向ける。
 広場の熱気をすべて遮断しているかのような、血の気のない白い顔。
 目も虚ろで、少しずつ戻り始めていた精気が抜け出てしまったように見えた。

 様子がおかしいことに、トトもすぐさま気づいて顔色を変える。
 歩みを速めてジェラルドの脇へ辿りつくと、トトが跪きながら小声で尋ねた。

「陛下、お体は大丈夫ですか?」

 ジロリとトトを睨むように一瞥してから、ジェラルドは力なく首を横に振った。

「うむ……久しぶりに宴へ出席したが、やはり疲れるな」

 わずかに苦笑を浮かべると、いずみへ視線を移す。

「……新年の舞いは、充分に堪能できたか?」

 弱々しい中に滲む、優しい声。
 思い上がりかもしれないが、自分に舞いを見せるために、無理をして宴の席に座っているような気がした。

 いずみはトトの隣に並んで跪くと、 ジェラルドを恭しく見上げた。

「はい、もちろんです。こんな素晴らしい機会を頂けて、心から嬉しく思っています」

「そうか、それなら良かった。……もう余は疲れた、自室へ戻る。お前たちもついて来い、余の体を診てもらうぞ」

 ジェラルドが手を叩くと、ペルトーシャがすぐに立ち上がり駆け寄ってきた。

「どうされましたか、陛下?」

「余はもう休ませてもらう。後のことはすべてお前に任せたぞ」

 丸い瞳をきらりと光らせ、ペルトーシャは口端を大きく引き上げた。

「かしこまりました、後のことはこのペルトーシャにお任せ下さい。どうかゆっくりお休み下さい」

 深々と一礼するペルトーシャを見やってから、ジェラルドは緩慢な動きで立ち上がる。
 それと同時に、どこからともなくキリルが現れ、席を離れたジェラルドの背後へ回った。

「二人とも、俺の後ろへついて来い」

 わずかに振り返ったキリルへ頷くと、いずみはトトと並んで歩き始めた。
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