ショコラ SideStory


「クッキー受け取ったの?」


質問に別の質問で返したら、彼は首を横に振った。


「もらえないって言った。大切に思っている子がいるからって。……そしたら彼女、俺の目の前でそれを食べたんだ。……泣きながらね。梨花ちゃんは不思議そうにそれを見て、そして俺を睨んだ。大好きなママを泣かせたのがわかったんだね」

「……子供の前でそんな話したの?」

「『私の気持ちです』ってクッキーを差し出されたんだ。そして俺はそれを突き返した。子供には、俺がママを泣かせたようにしか見えないだろう」


そうか。
宗司さんが落ち込んでいる一番の原因は、懐いてくれていた梨花ちゃんを傷つけてしまったことなんだわ。


「塾もやめるかな」

「どうかしら。でも、それって宗司さんの責任じゃないわ。あなたは自分の気持ちをちゃんと伝えただけでしょう。なんでも背負い込んじゃダメよ」

「……詩子さん」


宗司さんは振り向いて、あたしをじっと見つめた。
真剣な眼差しはまるで矢のような鋭さで、あたしは射抜かれてしまったように身動きがとれなくなる。


「やっぱり詩子さんが居ると救われる気がする」

壊れ物を触るように、優しく包むように抱きしめてくる宗司さんの手。

この人の手が優しいのは、人を傷つけることを恐れているからだわと思ったら、子供の前でそんなことをした稲垣さんに、無性に腹が立ってきた。


< 275 / 432 >

この作品をシェア

pagetop