ショコラ SideStory
「おはよう、詩子さん。康子さんもおはようございます」
「隆二くんは?」
「声かけられない勢いで、動いています」
確かに、かんかんと小さな金属音が響いている。厨房をのぞいてみれば、目にもとまらぬ速さで泡だて器を動かしている。
「詩子、来たわよ」
「ああ、まだ時間あるだろ。ちょっと待ってろ」
その途端に、オーブンが音を立てた。マフィンの乗った天板を取り出して、用意していた次の天板を入れる。
確かにいつもよりきびきび動いているような気がする。
その間に、厨房にひょっこりやってきた詩子は、隆二くんには目もくれずに棚をがさがさといじる。
「ねぇ父さん、これちょうだい。やっぱり慣れた器具のが使いやすいし」
手に取ったのは、口金だ。クリームのモノより穴が小さく、いろいろな形があるところ見るとアイシング用なのだろう。
「……勝手に持っていけ。どうせしばらくクッキーの受注は受けない」
「受けないの?」
「うちのクッキー担当はお前だし。注文があればそっちに回してやるよ。ネット通販もしてるんだろ」
「……ありがと。じゃあ、代わりにこれあげるね。店に飾るリース。季節ごとの作ったから」
最近遅くまで起きているようだと思ったら、そんなことをしていたのか。
春は造花を使ったお花のリース、夏は緑とオレンジのペーパーフラッグを重ね合わせたポップなリース。秋は木の実を配した温かみのあるリース。冬は……今ついているやつね。
言われてみればショコラの店内ディスプレイはちょっと目を引くかわいらしさがある。これ全部、詩子がやっていたんだもの、詩子がいなくなるデメリットって、隆二くんにとってはすごく大きいんじゃないの。