地球の三角、宇宙の四角。
入れ替わりはどうしても告げることが出来ない。そのことだけが頭の中に引っかかっていた。
これを話してしまうと彼女はどうなるのか。
抱き合うとなにもかも忘れることは出来る。それは先延ばしにしか成らないのだろうか。
忘れたい。どうでもよくなって、そしてますます好きになっていくだけだ。
それだけでいい。
そんな思いに反して「さっき話してくれた会話は僕たちがした会話だ」という。それを伝えることでどうなるのか、言葉に詰まった。
「だから、もう……」
また言葉に詰まる。これ以上話しても確信させるだけだ。俺は何を知りたいのだろう。知ってどうなる。昔の話なんて、どうだっていいはずなのに。
長い沈黙の間中、彼女は僕の目をじっと見つめている。
溢れそうになっている涙、それは僕も同じで、彼女と平らなはずの壁までも波を打ちだし、ぐんにゃりと揺らめき始めた。
感情は言葉になり「どこにもいかないでくれ」という本心と「もう、どこにも行こうなんて思わないでくれ」と、心の底から溢れた。
それは、そのままの意味で、別に何もいらない。この先だとか、この前だとか。
彼女は黙って、何度もうなずいていてくれた。
だけど、表情は暗く、顔を背けて脱ぎ捨ててある病院の服を見つめていた。
「手術のことは1日待ってもらった」と、咄嗟に取り繕ったが、実際は強引に飛び出しただけだ。
「……あんなに取り乱していたから」
「一日待ってもらうって? 何があったの?」
「何?」
話はややこしい方へと流れている。頭の中には車の運転をしているところ、映美が窓枠に足をかけて飛び降りる場面が浮かぶ。
「なんであの時に病院に、かなくんがいたのかなと」
「ん?」
まさか、セーブポイントを何個も作ってセーブとロードを何度もゲームみたいに繰り返していたなんて馬鹿な話は出来ない。
「なんで私は手術を受けなかったのかなと、ごめんなさい、なんか」
「胸騒ぎというか……何をしようとしても手につかないっぽくて」
困惑する彼女に一生懸命説明しようとするが、話している間中にこれじゃない感が積もっていった。
「とりあえず、会社に行くだけ行って……頭を下げて」
映美ではなく、はゆみちゃんであった部分をつなげてやるようにしてバラバラの言葉を並べていった。
「今日やる仕事の予定を全部先輩に話してから、病院に来てみたんだ。気がくる……いや、気が気じゃなかったんだ」
饒舌に余計な説明をすればするほど自分が何かを隠してるということに気が付きやしないかと一気にはしょるようにして「手術前に……暴れる君を見て、先生に話して手術を一日だけ延ばしてもらった」
考え込んでる顔、沈黙に耐えきれなくなり「とりあえず連れ出すことにしたんだ。なんとかしないと、というか」
とりあえず、とか、なんとか、とかというかというか、そんな慌てる僕に彼女は「で、なんでこのラブホなの?」と、普通に聞かれた。
頭がまわらないのならせめて頭自体を動かそうと部屋をぐるりと見回してみたり頭をかいてもなにも浮かんでこない。「あのー」なんてとりあえず出した言葉も少し裏返った。
「はじめは近くの高級ホテルにいった。うん。君は逃げ出したんだよ」
頷いてる。先を知りたそうにそれでと催促をするような顔、この先話す必要なんてあるのかなと思いながらも流れを切らないように説明は続けた。
映美と同じで記憶がとぎれている部分というのはとにかく怖いのだろう。
「そして、君は逃げ出してタクシーに乗せて君の家に行こうとしたら……君は自分の家の記憶を……」
なにかが引っかかったように彼女の首が揺れた。
「ごめん。正直に話す。君は元いたこことよく似た世界のことをタクシーの運転手に話したんだと思う」
ああ、初めて口に出したと露骨に顔に出してしまった瞬間に彼女はうつむいてしまった。