桜の咲く頃に
 3日前の父親の姿が一瞬加恋の脳裏を掠める。
 引越しの翌日の日曜日の午後、片付けも一段落したので、母親とスーパーへ買出しに出かけた。予定より早く帰ってくると、父親は気まずそうに娘の部屋から出ていった。
 ベランダの戸が閉めてあるのに、部屋の中に干してある下着がゆらゆら揺れていた。
「でも、加恋のお母さんなんで加恋ののケータイに電話してこなかったのかしら?」
 千佳の声に加恋ははっと我に返る。
「……そうだね。気が動転してたのかな? あたしお母さんのケータイに掛けてみる」
「加恋、病院内ってケータイ使用禁止じゃなかった?」
「一昔前はそうだったけど、今はそうでもないらしいよ……ほら、繋がった」
 千佳が心配そうに見守る中、加恋は母親と話し出した。
「膝の裏側の靭帯損傷だって。でも、精密検査で頭に異状が見つからなかったから、もうすぐ帰ってくるんだって」
 加恋はあっけらかんと言ってのける。
「千佳、ごめん。せっかくうちまで来てくれたのに、裏ページのパスワード捜し手伝ってもらえるどころか、これじゃお昼も一緒にできないよね」
「あたしに気を使わなくていいよ。また駅前のハンバーガー屋に行こうよ。安いし、あそこのポテトおいしいから」
 そう言うと千佳は加恋の返事も待たずにドアに向かって歩き出した。
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