桜の咲く頃に

二人の警備員 4月4日 

 いつものように終電が出た後、二人の警備員は、ぼろアパートの六畳一間でお茶を入れて、ほっと一息入れている。
「小畑さん、『行方不明者捜索チャンネル』っいうサイトあるんすけど、この頃、行方不明者が物凄い勢いで増え続けてるんすよ。この調子だと世の中どうなっていくんでしょうかねえ?」 
 立花は相手の反応を伺いながら、さりげなく言う。
「あ、そう言えば、立花君の妹さんも行方知れずだったな」
「はい、もう1年になります」
「残された家族は諦め切れないだろうねえ。今もどこかで元気に生きてて、いつの日か戻ってきてくれることを祈ってるんだろうな」
 小畑の妙にしみじみとした声が、静まり返った深夜の部屋に響く。 
「……うちの親たちは看板娘がいなくなって一時はかなり落ち込んでましたけど……」
 いつもはっきりものを言う立花が、珍しく語尾を濁した。
「あ、そうか。君んとこは和菓子屋だったよな。君もまだ妹さんを捜してるんだろう?」
「警察は捜してくれないっすからね。以前は非番の日は駅前でビラ配って協力を呼び掛けたりしてたんっすけど……実は、今年1月に、1年前に妹が最後に目撃されたらしい場所へ行って、彼女が好きだった桜の花を手向けてきました」
「え、君はもう諦めたのか?」
 一瞬言葉に詰まったが、立花を真っすぐ見つめると、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「そもそも昼間自由に動けるように……この仕事を選んだんじゃなかったのか? まあ、君くらいの人材なら……他にも欲しがってる所があっただろうにな……」 
 小畑はやり切れない気持ちだった。
 行方不明者のほとんどが、不慮の事故、自殺、他殺のいずれかが原因で、もうこの世にいないというのが持論で、立花の妹もその一人でしかないと考える。だから、立花が不憫でならないが、その悲しみを癒すのに何もしてやっていない自分がふがいなかった。
「おい、立花君、次の日曜日の午後空けといてくれよ。桜が散ってしまわないうちに、うちのかみさんと娘を連れて花見に行くから、君も一緒にどうだ。たまには息抜きしないともたないぞ」
「ありがとうございます。ぜひ御一緒させていただきます」
 そう言いながら立ち上がると、携帯を片手に出ていく。
「またこんな時間に電話か? この頃ちょくちょく電話してるようだけど、恋人でもできたか?」
「まあ、そんなところで……」
 視線を伏せ言葉を濁す。
「それはよかった」
 その時、小畑はあくびを噛み締めながら心の底からそう思った。
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