鈴姫
「ま、野駆けは好き放題できるけどな。あと、広い海がある。海は見たことある?」
「ないわ」
海、というあまり口にすることがない言葉に、香蘭は目を輝かせた。
何度か珀伶からその話は聞いたことがあるが、遠く離れた場所にあるために珀伶も連れて行ってくれたこたなかったのだ。
目を輝かせる香蘭をちらっと見て、憂焔は自慢気に胸を張った。
「海は美しい青で、蒼で、碧だ。どこまでも広がってる。綺麗な魚や貝もたくさん獲れる。見せてやりたいよ。すごく綺麗なんだぜ」
「見てみたい」
香蘭はまだ見たことのない海に思いを馳せ、ほぅと息をついた。
「見に、来る?」
憂焔が静かに言って、香蘭は景色から視線を彼にやった。
「帰す気はないけど」
憂焔は今までになく真剣な顔をして香蘭を見ていた。
香蘭は彼を見上げ、琥珀色の瞳をみつめた。
ざわめく風は、まるで潮騒のよう。
胸を押さえて、香蘭はやっと口を開くことができた。
「……私も、きっと帰りたくないと思う」
彼の唇が三日月形に弧を描くのを見て、香蘭も微笑んだ。