あの場面はどこに
 それにしても、彼があの場面を見ていたとしたらどう思っただろう。いいネタがあったと思って、いつも通りノートにメモしているのだろうか。

「ネタ?」

 間違いない。彼が見ていたとしたら、絶対ネタ帳に書いてるはずだ。おもしろいことやおもしろい人が大好きな人だもの。

 顔から火が出るってこういうことね。今、ものすごく顔が熱い。彼があの場にいなかったことを強く祈った。 

 
 その時、鍵を回す音が聞こえ、ドアが開いた。

「ただいま」

 彼が帰ってきた。

「お、おかえり」

「冷えてきたなー」

 そう言って、台所で手を洗い始めた。彼の様子がいまいちわからない。

「なにかおもしろいことあった?」

「うん、あったよ」

 次は、うがいを始めた。

「どんな?」

 まだうがいをしている。私は気になって、もう一度聞いた。

「それは秘密だよ」

「どうして?」

「いくら君でもネタを話すわけにはいかないな」

 ようやく彼が私を見た。しかし、彼の表情を見る前に私が目を逸らしてしまった。

「お腹すいたね。今日はなに?」

「サンマ」

「お、いいね」

 彼が机にネタ帳を置いた。あのネタ帳にあの場面は書かれてしまったのだろうか。
< 14 / 26 >

この作品をシェア

pagetop