棘姫
怒りから、途端に真っ赤に染まっていく男の顔。
『その言い方はなんだ?!
ガキのくせにバカにして!!
最初に誘ってきたのはそっちだろ!!』
男は少年の手を振り払い、あたしを指差す。
その大声に通りすがる人々の視線があたし達に集中した。
嫌だ。
そんなに見ないで…
『ほら、さっさと来い!!』
男にグイッと腕を引っ張られる。
その瞬間、あの夜の記憶が呼び醒まされた。
そう。
あの夜もこんな風に無理矢理腕を掴まれた。
穏やかだった化けの皮を剥いで、本性を現したの。
そのまま後ろに押し倒されて…
思い出したくない。
封印したいのに…。
まだ生々しく鮮明に蘇る。
痛みも恐怖も感触も―
全て記憶に刻みこまれてる。
嫌だ…
もう止めて。
出てこないでよ――
「嫌…ヤダ…。
もう出てこないで。
忘れさせてよ…!
もう嫌ぁーー!!!」
あたしは男の手を叩いておもいっきり叫んだ。
それに驚き男の動きが止まる。
その隙を見計らって、少年があたしの手を握り走り出した。
背後から様々な声が追い掛けてくる。
集まっていた野次馬には、面白い見世物にでもなってたんだろう。
少年に手を引かれ、あたし達はひたすら走った。