ワケあり!
 一瞬、桜が生き返ったのかと思った。

 しかし、その子はせいぜい、絹くらいの年齢で、彼女であるはずがない。

 ではなぜ、そっくりな顔がいるのか。

 呆然と絹がつっ立っていると、老女がこちらを見てギョッとした顔をする。

 庭に下りた子と自分を、慌てて見比べる。

 その反応からすると、老女は「この顔」がもう一人、屋敷にきているのを知らなかったのだろう。

 と、老女が絹に気を取られている間に、庭におりた子は、ふらふらとさまよう足取りで歩く。

 あらぬところに泳ぐ瞳。

「ふふふふ」

 笑う声も、よく聞くと虚ろだ。

「おもどりください」

 気づいたようで、老女が縁から降りようとする。

 ふむ。

 どうやら。

 絹と同じ顔の存在は、正常な意識は持ちえていないようだ。

 老女よりも身軽に――絹は、庭へと降りた。

 彼女と同じ裸足で。

 作り物ではない、本当の顔を見てみたかったのだ。

 自分と、どれほど違うのか。

 相手に、半分意識がないからできた行動だ。

 さまよう手を、捕まえた。

 いやいやと、手を振って逃れようとする身体に腕を回す。

 そして、自分の方を向かせた。

 一瞬だけ。

 虚空をさまよう瞳と、絹の瞳がぶつかった。

 純粋な黒というよりは、うぐいす色がかって見える瞳。

 絹の顔というよりも、もっと幼く感じるのは、意識がはっきりと保てていないせいか。

 自分にはない、純真だけでできている存在。

 いやがる身体を捕まえて、絹は老女へと引き渡した。

「誰か、誰か」

 裸足の女二人のために、老女は人を呼んだ。

 すぐに若い女が二人やってきて、手ぬぐいと水を汲んだ桶を抱えてくる。

 その間、絹は老女の視線に耐えながら、自分と似た顔を捕まえていたのだ。

「あのぉ…どちらから?」

 おそるおそる。

 自分の氏素性を語れといわれても困るので、絹は曖昧にごまかそうと思った。

 しかし、いい言葉が浮かばない。

「あの世からです」

 困った絹は、空を指差してみた。
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