ワケあり!
「さて、オレは御前の宴会に行ってくるけど、絹ちゃんはどうする?」

 渦巻きの蚊取線香をつけた後、渡部は立ち上がった。

 御前――ということは、織田も顔を出すということか。

 見たい気持ちが、ないわけではない。

 しかし、昔自分をないがしろにして殺した女と、同じ顔が現われたら、ひどいとばっちりがきそうだ。

「ここにいるわ」

 遠くから、聞こえ始めるお囃子。

「賢明だね…じゃあ夕食は、ここに運ぶように言っておくよ」

 浴衣の乱れを直して、渡部は部屋を出て行った。

 さて。

 一人になった絹は、ただぼんやりしている気はなかった。

 制服と携帯とカメラ。

 出来れば見つけて、連絡しておきたい。

 欠席で、広井ブラザーズからメールも来ているに違いない。

 渡部の思惑の中に、絹がこの屋敷をうろつくことも入っている。

 顔は知らないが、偉そうな織田っぽい人だけ、気を付けよう。

 絹は部屋を出て、縁側の廊下に出た。

 純和風というよりも、もっともっと昔の平安ちっくな建物だ。

 延々、ふすまの部屋が続いている。

 夏という季節のせいか、外に向いた襖のほとんどは開け放されている。

 目隠しのついたてが、独特の風情をかもし出していた。

 人の気配は、しないなぁ。

 みな、御前の宴会に行ったのだろうか。

 絹のような異端の存在を連れてきているのは、渡部くらいだろう。

 仲間内を、この顔でひっかきまわして、あの男は何をしようというのか。

 と、あてどなく歩けど、絹の制服が置いてありそうなところはない。

 誰かの部屋にでも、しまいこまれてしまったのだろうか。

 うーん。

 どうしようとかと、絹が思った時。

「ふふふ」

 お囃子の音にまぎれて、女性の笑い声が聞こえてくる。

「ああ…なりませぬ」

 制止する老女の声。

 ぱっと。

 少し先の部屋から、浴衣の女が表へ飛び出した。

 裸足のまま、庭へと降りる。

「おもどりを」

 追って出た老女が、絹に気づく。

 しかし、絹はその女性に目を奪われていた。

 自分と――とてもよく似ていたのだ。
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