ワケあり!
「高坂 絹です。よろしくお願いします」

 案内された教室で、絹は深々と頭を下げた。

 頬の横に、長い黒髪がさらりとこぼれる。

 教室の空気が、一瞬止まったのが分かった。

 みな、絹に見とれている。

 彼女自身、その感情の流れを手に取るように感じていた。

 ふぅん。

 穏やかなまま、絹は軽く教室を見回す。

 なぁんだ、と。

 そう思ったのだ。

 さっき、守衛でテストしたが、予想以上の反応だった。

 教室でも、やはり同じ反応を感じる。

 なぁんだ――チョロイじゃん。

 目を伏せ、いま思ったことが、表にあふれ出さないように気をつける。

 人間は、何故か美醜には敏感で、美しいものを見ると、目を奪われるのだ。

 絹は、内心であきれていた。

 くだらない、と。

 綺麗な顔、綺麗な髪、綺麗な物腰、綺麗な言葉。

 全部揃えば、金持ちの坊ちゃんお嬢ちゃんでさえ、この有様なのか。

 本当に、くだらない。

 心の中で、ドス黒いカンジがぐるぐる渦巻くのを抑えつつ、絹は指定された自分の席へと着く。

 一番後ろの、窓側から二番目。

「…どうぞよろしく」

 窓際の席の男に、小首をかしげてご挨拶。

 彼は、絹の顔を見ながら、時を止めていた。

 こいつか。

 写真で見せられた顔だ。

 こいつが、広井 将。

 絹の――ターゲットの一人。
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