ワケあり!
 ドンガラガッシャーン!

 絹が我に返った時、高尾は後方の机を巻き込むように吹っ飛んでいた。

 彼女の真横に、突き出された拳。

「将くん!」

 HR前の教室が、一瞬で騒然となる。

「絹さんに、謝れ!」

 しかし、彼は興奮で周囲の状況など、見ていない。

 たった今、自分が吹っ飛ばした男子生徒を、怒鳴りつけるのだ。

「先生を呼んで、急いで!」

 委員長の、的確な指示が遠くに聞こえる。

 だが。

 絹も、実は――冷静ではなかった。

 その男は、いま、ボスを嘲笑したのだ。

 妾の子、と。

 彼女は、ボスの経歴など知らない。

 絹には必要のない知識だ。

 そして、この男の口からも、出る必要のないもの。

「殴ったぞ! こいつ、僕を殴った!」

 腫れ上がり始めた頬を押さえながら、ヒステリックに彼は将を指差し、がなりたてる。

 うるさい。

 絹は、そんな様子にも怯まずに、高尾の方へと近づき、膝をついた。

 目の高さが、同じになる。

 一瞬、彼は動きを止めて。

「言うなら、私の悪口だけにしておきなさい……またボ…先生のことを悪く言ったら、今度は、私が殴るわよ」

 黒い波動と共に、絹は掠れるほど小さい声で、そう言った。

 声を、細く細くより合わせると――針になる。

 絹は、高尾の全身を言葉で刺し貫こうとしたのだ。

 ひっ、と。

 彼は震えた。

 それを見届けた後、彼女は立ち上がると、将の方を振り返る。

 素手で、顔を殴るなんて。

「保健室へ、行きましょう…将くん」

 黒い波動を飲み込んで、絹は目を伏せながら、彼に手を伸ばした。

 将の手に触れると、そこは既に真っ赤になっている。

 骨が折れていないといいが。

「でも…ありがとう」

 一緒に教室を出ながら、彼女は言った。

 彼は、絹を守ってくれたのだろうが、その向こうにいるボスをも守ったのだから。
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