ワケあり!
「おはよう…」

 月曜の朝のお迎えに、絹はいつも通りの挨拶。

 しかし、いつも通りでは済まない部分もあった。

「あの…金曜は、ご迷惑をかけたみたいで……ごめんなさい」

 車が動き出して、絹は恥ずかしさで身体が縮んだように、そう言った。

 実際は、島村の言うとおり、その事実とやらを有効に利用させてもらうだけなのだが。

「あ、ああ…気にしないで…全然平気だから」

 将の言葉に、絹は困った笑顔で返した。

「え、金曜…何かあったの?」

 絹よりも先に、意識がなくなった了は、知らないのだろう。

「私もね…寝ちゃったの、車で」

「えー、絹さんの寝顔…僕も見たかったなあ」

 了の変化球の答えに、絹は苦笑してしまった。

「あ…そういえば」

 将が。

 何かを思い出したように――しかし、表情を少し曇らせて、絹を見る。

「そういえば…保護者の方以外に、若い男の人がいるみたいだったけど」

 家の人?

 きた。

 気になることを黙っていられないのか、将が聞いてきた。

 多分、京も耳をそば立てていることだろうが。

「島村さん…のことかな」

 絹は、あえて名前をつかった。

 違う名字で、他人行儀に呼ぶことで、家人ではないことを匂わすのだ。

「先生の助手で…えっと、住み込みのお弟子さんみたいなものです」

 言葉の直後、将は固まり――京は、ゆっくりと身体をひねって、後ろを見た。

「島村さんが、なにか?」

 とりあえず、わざわざ後ろを向いた京に向かって、首をかしげて聞く。

 彼は、絹の顔から何かを読み取ろうとするかのように、じっと見た。

「お前……」

 その唇が、低く開く。

「お前……そいつに、物みたいに運ばれてたぞ」

 ぶふっ。

 彼女は、本気で品なく吹き出しそうになった。

 あわてて。手で口をふさぐ。

 何て愉快なことをしてくれるのか、島村は。

 お姫様だっこまでは言わないが、物と形容されるなんて。

 これでは、大して利用もできないではないか。

「ふふ…島村さんらしい」

 絹は、ようやく大きな波を飲み込んで、その余波だけでやわらかく笑ったのだった。
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