ワケあり!
 体育ともなれば、絹は将を見られなくなる。

 彼女は、胸ポケットのペンカメラのスイッチを切って、更衣室へと入った。

 男女別の体育になるので、隣のクラスと合同だ。

「今日は、50m走の記録をとるんですって」

 誰かが聞きつけてきたのか、早い情報に、更衣室は騒然となった。

 お嬢様方は、体育が苦手なのだ。

 コウサカという名字なので、おそらく絹の走る順番は早めだろう。

 どのくらいのスピードで走れば、おかしく思われないか――サンプルとしては、少ないかもしれない。

 まあ、適当でいいか。

 彼女は、バレッタで髪を上げた。

 そのうなじに。

 絹は、ゆっくりと振り返る。

 いま。

 何か視線を感じたのだ。

 しかし、振り返っても着替え途中の女生徒たちがいるだけで、誰も自分の方を見ているようには思えない。

 気のせいかな。

 絹は、再び着替えに戻った。

 だが、また感じた。

 今度は振り返らなかった。

 視線に、何度も反応して振り返るのも変だと思ったからだ。

 まあ、女生徒の視線なら、大したこともないだろう。

 そう絹は、タカをくくったのだ。

 そして、事件は起きた。

 50m走とやらを、そこそこで乗り切り、授業が終わって更衣室へと帰ってきた絹は。

 そこで愕然としたのだ。

 ペンが――ない。

 確かに、制服の胸ポケットに収めていた、それがなくなっているのだ。

 慌てて服にまぎれていないか、全て確認する。

 足元も。

 しかし、ない。

「どうかした?」

 制服に着替えないまま立ち尽くす絹に、委員長が声をかけてきた。

 一体何が。

 いや、誰が――そして、何のために。

 下手に電気関係に詳しい人間に見られると、バレてしまうかもしれない。

 早く探さなければ。

 だが、更衣室で感じたあの視線以外、何の手がかりもなかったのだ。
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