アクセサリー
「手、冷たいね」
 アルバイトの帰り道。真っ暗な道に、か細く闇を照らす街灯の下。自転車のペダルを踏みながら、彩乃は隆一の言葉をつぶやいた。
 ひゅううっと、夜風が彩乃に吹きつける。サササと小さな音を立てて猫が目の前を通り過ぎて、塀にジャンプする。
寒い。
 彩乃は身をかがめた。唯一体の皮膚でむき出しになっている顔を下に向けて、夜風にさらされないようにする。耳がかじかんでしまって痛いぐらいだ。
彩乃は寒さが苦手。何せ冷え症だ。手袋をした上からでも寒さがこたえる。この時期になると、両手両足の指が、氷のように冷たくなってしまう。
 でも隆一はそんな冷たい自分の手を握ってくれた。隆一の温かい手。一回り大きな手。隆一の手に包まれていると冷たい手にぬくもりが伝わった。隆一の熱が手から伝わり、体中に混じっていくような気がした。余計にドキドキしてしまい、思わず視線をそらしてしまった。
 あれは失敗。
 

 午後十時。
 ケーキ屋でのアルバイトを終えた彩乃は帰宅する。
 リビングで報道ステーションを見ている父に「ただいま」と声をかける。
「お帰り」
「お母さんは?」
「もう寝た」
 大して聞きたくもないけれど、いつものコミュニケーション。潤滑油みたいなもので、やらなくなると家族間がぎこちなくなる。
 その後はいつもの業務をこなす。オイルでクレンジングして、お風呂に入って、化粧水でお肌のケア。
「今日もおつかれさま」と彩乃は自分にねぎらいの言葉をかけて、ベッドに身を投げる。
 まっ白い天井を見上げている。右から二番目の蛍光灯が消えかかっているようで、点滅している。そろそろ買い替え時だ。

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