“愛してる”の、その先に。
“もう、会うのやめませんか”
2ヶ月前。
私は彼にそう告げた。
いつものようにホテルに呼び出され、
彼は私の身体を抱き寄せて、唇を重ねようとした。
彼は動きを止めると、無言で私を見る。
その目が、“どうして”と聞いているようだった。
「…理由なんてありません。
ただ、もう良いかなって思って」
入社して4年目の時。
私は廣瀬さんと初めて寝た。
突然、廣瀬さんが他の部署へ異動が決まった後だった。
最後だからと初めて2人きりで食事に誘われ、
美味しいお酒を飲みながら、初めて廣瀬さんと仕事以外の話をした。
学生時代の話、テレビの話、地元の話…
そこで初めて、廣瀬さんは家族の話をしてくれた。
「…娘が生まれてから、妻は人が変わったように教育熱心になってね。
あんな厳しくして、本当に娘のためになっているのかわからないよな。
子どもはもっと、のびのび育てるものなのにな」
「…奥様が厳しい分、廣瀬課長が優しくしてあげれば良いじゃないですか。
そしたらきっと、娘さんだって救われますよ」
「…そうだな。
早川みたいに、素直な子に成長してくれると良いんだけどな」
「私、素直ですか?初めて言われました」
店を出て、駅に向かってゆっくり歩いた。
お互い無言で、
そっと廣瀬さんが私の手をとる。
気付いたら私たちは、ホテルのベッドで抱き合っていた。
……それから約4年間。
私たちはただの上司と部下ではない関係を続けてきた。
“…良いわね…あなたは自由で、気楽で”
唐突に、あの日の言葉が脳裏に蘇る。
“…ねぇ、あの人をたぶらかして楽しい?
あんな普通の中年男、若いあなたじゃ物足りないでしょう?
それともそういう男性が好みなの?
ねぇ、どうしてあの人なの?”
たぶらかしてるつもりなんて、微塵もなかった。
彼じゃなきゃいけない理由が、思い浮かばなかった。
だから私は、何も言えなかった。
“…そうよね。
あなたは傷付くことも、失うものも、全力で守らなきゃいけないものだってない立場だものね。
私は…私は毎日、こんなつらい思いをしてるっていうのに…
なんで…なんであんたみたいな女に……”