“愛してる”の、その先に。


“もう、会うのやめませんか”



2ヶ月前。


私は彼にそう告げた。


いつものようにホテルに呼び出され、


彼は私の身体を抱き寄せて、唇を重ねようとした。

彼は動きを止めると、無言で私を見る。

その目が、“どうして”と聞いているようだった。



「…理由なんてありません。

ただ、もう良いかなって思って」


入社して4年目の時。

私は廣瀬さんと初めて寝た。



突然、廣瀬さんが他の部署へ異動が決まった後だった。


最後だからと初めて2人きりで食事に誘われ、

美味しいお酒を飲みながら、初めて廣瀬さんと仕事以外の話をした。


学生時代の話、テレビの話、地元の話…




そこで初めて、廣瀬さんは家族の話をしてくれた。





「…娘が生まれてから、妻は人が変わったように教育熱心になってね。

あんな厳しくして、本当に娘のためになっているのかわからないよな。

子どもはもっと、のびのび育てるものなのにな」


「…奥様が厳しい分、廣瀬課長が優しくしてあげれば良いじゃないですか。

そしたらきっと、娘さんだって救われますよ」


「…そうだな。

早川みたいに、素直な子に成長してくれると良いんだけどな」


「私、素直ですか?初めて言われました」



店を出て、駅に向かってゆっくり歩いた。


お互い無言で、

そっと廣瀬さんが私の手をとる。






気付いたら私たちは、ホテルのベッドで抱き合っていた。




……それから約4年間。



私たちはただの上司と部下ではない関係を続けてきた。






“…良いわね…あなたは自由で、気楽で”




唐突に、あの日の言葉が脳裏に蘇る。



“…ねぇ、あの人をたぶらかして楽しい?

あんな普通の中年男、若いあなたじゃ物足りないでしょう?

それともそういう男性が好みなの?

ねぇ、どうしてあの人なの?”




たぶらかしてるつもりなんて、微塵もなかった。



彼じゃなきゃいけない理由が、思い浮かばなかった。


だから私は、何も言えなかった。


“…そうよね。

あなたは傷付くことも、失うものも、全力で守らなきゃいけないものだってない立場だものね。


私は…私は毎日、こんなつらい思いをしてるっていうのに…

なんで…なんであんたみたいな女に……”










< 17 / 36 >

この作品をシェア

pagetop