ビロードの口づけ
 ジンはすぐに納得したように笑いながら頷いた。


「まぁ”娘”には話せないか」
「どういう事ですか?」
「代々獣王に伝わる領主との密約だ。百年に一度、領内で最高の女を差し出す代わりに、領内の女に獣たちの手出しを許さないというものだ」


 つまり、百年に一度、領主から獣王へ密かに生贄が差し出されているという事だ。

 人である領主には獣にとっての最高の女が誰なのか判別はできない。
 女の指定は獣王から領主に伝えられるらしい。
 それが約束の日だ。

 人間の中でこの密約を知っているのは歴代領主だけだ。
 この約束がなければ、獣の森から獣たちが好き勝手に押し寄せ、女を襲うことになる。

 人間の女を襲えば粛清されるという獣たちの厳しい掟もこの約束に由来している。

 領主は女ひとりの犠牲で百年の平穏が保たれ、獣王は最高の女で力を得て他の獣たちの力も抑制できる。
 ただ、獣王だけいい思いをしては他の者たちが不満を募らせるので、獣王に最高の女を提示した者には褒美が与えられるらしい。
 それで最近、領内で獣たちが目立って出没しているのだ。
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