ビロードの口づけ
 カーテンを引いてこちらを向いたジンが、クルミを真っ直ぐに見つめる。


「今夜、あんたの全てをよこせ」


 ドキリと鼓動が跳ねて、クルミは咄嗟に寝間着の胸元を掴んだ。

 全てを捧げると自分で言っておきながら、いざとなるとためらってしまう。
 ジンの心がここにないから。

 怪力の獣に対抗するため、ジンは力を欲している。
 今のままでは、またケガを負わされるかもしれない。
 頭では分かっているのだが——。

 クルミが反応できずに立ち尽くしていると、ジンはクスリと笑った。
 そして思いもよらない事を尋ねた。


「あんた五年前の黒い獣を気にかけていただろう。どうしてだ?」

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