ビロードの口づけ
 母はゆうべの寝不足と心労のせいで今朝も伏せっている。
 父は今日も家庭教師の来訪を断ったらしい。

 てっきりクルミも部屋に下がっているように言われると思っていた。
 ところがリビングにいる二人に挨拶を済ませて部屋に戻ろうとしたクルミを父が呼び止めた。


「クルミ、長い間屋敷に閉じ込めてすまなかった。辛かっただろう」
「お父様が私を大切に思っての事だから。明日からは庭に出てもいいんですよね?」


 父は穏やかに微笑んで頷いた。


「あぁ。かまわないよ。カイトと一緒にパーティに行くのもいい」
「お兄様と?」
「そうだ。カイトの婚約者として」
「え……」


 そういえば、いずれそうなると兄が言っていた。

 ジンが正式に迎えに来てくれる事ばかりに気を取られていて、すっかり頭の中から抜け落ちていた。
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