ビロードの口づけ
 庭木が揺れるほどの風は吹いていない。

 クルミにはどの木が音を立てたのか分からなかったが、ジンには見えたのかもしれない。
 右斜め前方を注視している。
 クルミもそちらに視線を移した。

 月明かりの下、背の低い庭木が表面の葉を銀色に染めている。

 再びガサガサと音がして、今度はクルミにも木が揺れるのが見えた。


「窓を閉めて下がっていろ」


 ジンが動いた庭木に素早く駆け寄る。
 それと同時に木の根元から黒い影が飛び出した。

 全身を茶色っぽい毛に覆われた狐のような獣だ。
 狐よりも毛が長い。

 フサフサの太いしっぽを横に振って、ジンを迂回するように横っ飛びすると、獣は真っ直ぐにクルミを見据えた。

 獣とクルミの視線が正面からぶつかる。
 獣の口が薄く開き、ニヤリと笑ったように見えた。
< 19 / 201 >

この作品をシェア

pagetop