ビロードの口づけ
 全身に敵意をまとい足早にコウへと向かうジンを見て、クルミは慌てて立ち上がった。
 また謂われのない事でコウが痛めつけられるのは、クルミとしても堪らない。

 素早くコウの前に立ちはだかり、ジンの行く手を阻む。


「コウは廊下で倒れた私を、ここへ運んでくれただけです」


 精一杯目に力を込めて挑むようにジンを見上げる。
 歩を止めクルミを見下ろすジンの表情が少し緩んだ。


「具合が悪いなら医者の手配を頼もう」
「いいえ。必要ありません」


 ジンとは話したい事がある。
 二人きりになるのは嫌だが、コウを巻き込みたくない。
 クルミはコウを振り返った。


「コウ、ありがとう。もう大丈夫よ」

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