ビロードの口づけ
「身体の欲求は必ずしも愛情を伴うとは限らない。愛がない事くらい奥様は承知の上だ。小娘のあんたには理解できないか」


 確かに理解できない。
 けれど馬鹿にされた事は理解できる。
 再び手を振り上げたところ、素早く手首を掴まれた。


「二度も黙って叩かれてやるつもりはない」

「お母様に夫がいる事はあなたも知っているでしょう? お母様は承知の上でもお父様が承知するわけはありません!」

「フン。どうだかな」


 クルミの正論にも、ジンは鼻で笑った。


「貴族の結婚なんて、大半は家同士の繋がりの強化と家を存続させるための政略結婚だろう。元々愛情なんか希薄だ。跡継ぎができればそれでいい。愛人を何人も囲っている当主なんてゴロゴロいる。役目が終わって夫に愛想を尽かした奥方も平気で不貞を働く。互いに見て見ぬふりだ。現に奥様は、もう長い間旦那様と寝所を共にしていないと言っていた」

「それは、お父様がお忙しいから……」

「そんなのは世間知らずのあんたが抱いた幻想だ」

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