クランベールに行ってきます
青年は正面に停めてある馬車に歩み寄り、扉をノックした後開いて、結衣を招いた。
「どうぞ、こちらへ」
結衣は馬車の扉の前で、踏み台に片足をかけ、中を覗いた。薄暗い車内をクルリと見回す。しかし、中には誰もいない。
「誰もいないよ」
結衣が眉をひそめて振り返ると、青年が下卑た笑みを浮かべていた。
「いいから、さっさと乗れよ」
そう言って結衣の背中を乱暴に突き飛ばした。小さく悲鳴を上げて、結衣は馬車の中に両手をついた。
再び騙された事に怒りがこみ上げ、身体を反転させると、青年の腹を蹴りつける。
距離があったため、大したダメージは与えられなかったが、青年が一瞬ひるんだ隙に結衣は馬車の外に出た。そのまま逃げようとしたが、青年が体勢を立て直して行く手を阻んだ。
腹を撫でながら、青年は結衣に毒づく。
「……やりやがったな」
「今度騙したら、許さないと言ったはずだ」
結衣が言い返すと、青年は鼻で笑った。
「騙される方が間抜けなんだよ。噂通りのバカ王子だな」
そう言って今度は、結衣の胸を突き飛ばした。
踏み台に足を取られ、結衣は馬車の中に尻餅をつく。ふと見ると、青年が目を見開いて硬直していた。
「やけに細いと思ったら……。おまえ、女か?」
いつもベストを着ているので、小さい胸を隠すには充分だが、さすがに触られては、ばれてしまう。黙って睨んでいると、青年は忌々しそうに舌打ちした。
「替え玉か……。謀ったな」
「騙される方が間抜けなんでしょ?」
結衣が不敵に笑うと、青年は顔を歪めて睨みつけた。そして何かを考えながら、結衣から視線を逸らした。
その隙に結衣はこっそり通信機のボタンを押す。ついでにこっそり馬車から出ようと、じりじり移動していると、青年が気付いて、両手を広げ馬車の入口を塞いだ。