クランベールに行ってきます


 結衣が首を傾げると、ロイドは気まずそうに顔を背けた。

「オレ自身のだ。おまえをニッポンに帰すと決めたのに、おまえが連れて逃げてとか言うし。まぁそれは、先にオレが余計な事を言ったからだろうが、その上好きだとか言うし。おまえが帰らないって言い出したら、決意が揺らいでしまいそうだったんだ。連れて逃げても、おまえを不幸にしかできないから、そうしないために、あの言葉は歯止めだった」

 うっかり告白が、やはりロイドを追い詰めていたらしい。結衣は首をすくめてポツリと言う。

「ごめん。余計な事言って」
「いい。気にするな。元々オレは歯止めのきかない男だ。こんなに長期間、キス止まりなのは快挙だ」

 平然と言い放つロイドに、結衣の顔は思わず引きつる。

「……え……エロ学者」
『エロガクシャ』

 小鳥の復唱を聞いて、ロイドはすかさず机の向こうから、長い手を伸ばして結衣の額を叩いた。

「だから、音声多重で言うな。その言葉しか教えてないのか」
「そんな事ないわよ。最近は色々しゃべるのよ。結衣ちゃんかわいいとか、ロイド大好きとか」

 その言葉にロイドがピクリと反応する。結衣は慌てて補足した。

「ロイドって、この子の事よ」
「わかってる」

 そう言ってロイドは立ち上がり、結衣の横にやってきた。見上げる結衣の頬に手を添え、身を屈めて顔を覗き込んだ。そして、ニヤリと笑う。

「だが、今度何か言う時は覚悟しろよ。こっちの歯止めは外れかかっているからな」

 そして、結衣の唇に軽く口づけると、元いたコンピュータの前に戻って行った。
 結衣はロイドが触れた唇に指先を当てて、彼の背中を見つめた。自然に頬が緩む。

 せっかくロイドが忙しい時間を割いて、自分のためにマシンを改造してくれたのだ。それを無駄にしないためにも日本には帰ろうと思う。それなら、日本に帰るまでの十五日間、できるだけ楽しく過ごしたい。
 ロイドの言う事を聞いて、彼を嫌いになって、ケンカ別れのような事はしたくなかった。

 あの言葉の真意がわかり、ロイドが結衣を連れて逃げようと思った事もわかった。決定的な言葉を聞いたわけではないが、ロイドの想いの一端に触れて、舞い上がりそうなほど嬉しい。
 それだけで、残り十五日間を楽しく過ごせそうな気がする。


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