雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
 そうして注意しなければ、気づかずに過ごしてしまいそうなほど微かに、月夜は何か胸をくすぐるような気配を見つけた。
 たとえるなら、尻尾をふる仔犬、おもちゃに夢中な仔猫、水浴びする小鳥。
 無邪気な子供の寝息にも似た…。

「この向こう側に……神が?」

 月夜は十六夜の顔を見て、はっきりと確信した。

「でも十六夜。なにをしにここに来たんだ? 神が本当にいるのはわかったけど……まさか、神を起こすつもりじゃ……」

「そのまさかじゃ」

「なに云ってるんだ! そんなことをして、ふたたび世界を混乱に陥れる気か?」

 思わず声を荒立てた月夜に、十六夜は顔色も変えずつぶやいた。

「混乱などせぬ」

 つないでいた手を離した十六夜は、なにもない壁に額をつけて、それからゆっくりと月夜を振り返った。

「月夜……そなた、白童から渡されたものがあるな?」

 手を差しのべる十六夜に、月夜は戸惑い躊躇った。
 十六夜が鍵のことを知っているのは明らかだ。
 しかし今自分はそれを持っていないし、たとえ持っていたとしても、それを使うなどできるはずもない。
 どんな理由があろうと、1000季前の戦乱を招くようなことなど誰ができようか?

「どうしてしまったんだ十六夜? いったいなぜそんなこと…」

 十六夜の真意を図りかね、月夜は視線をさ迷わせる。

「月夜、ガルナを守るためには、あらぬ神でも起こさねばならぬのじゃ。でなければ、この国は三国に滅ぼされる」

「それは……神が宮を襲った理由からか」

 神は「あの子を還せ」と云った。
 天から堕ちた神を還すということは、ガルナの加護を失うことも意味する。


< 102 / 221 >

この作品をシェア

pagetop