雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
――契りを還す?

 月夜は帝釈天の言葉に戸惑った。
 視線でそれを示すと、人外の美しい口許が冷淡に歪む。

「神でありながら人間であるお前には、過ぎた問いであったか。その魂……あやつに捧げられたのはほんのわずかじゃ。いまのお前にはそれがせいぜい。なぜならその魂は不完全なものじゃからな」

――不……完全?

「……っぐ」

 掴まれた首に食い込んだ指が、酸素を遮断する。
 月夜の瞳は映すものを失い澱んでいく。

「……せ……」

――だめ、だ。あれは必ずイシャナを殺す。いけない……のに。

 わかっていながら、月夜の心は結局それを止められなかった。
 身体が軽くなるのと、一気に空気が肺に流れ込んだのは同時だった。
 まぶたを開くと、大きな影がこちらを見下ろしているのが朧気に映る。
 言葉を紡ごうとして咳き込んだ月夜に、それは目を細める。

「死んでも頑固者で通すつもりか?」

 その嫌味な口調に一瞬腹が立ったが、なぜか急激に熱いものが込み上げ涙が溢れそうになる。

「……さい。……うるさいっ」

 絞り出した声が掠れる。
 強がる月夜に、彼はほんのわずか頬を緩めた。

「ようやく来たか、羅刹天。童子には交わりについて講義しておったところじゃ。まだなにも知らぬようじゃからの……」

 帝釈天を尻目に雪が舌打ちするのがきこえた。
 その意味を問う前に、逞しい腕が月夜を遠ざける。

「離れていろ。痛い目をみたくなければな」

 見ればいつの間にか、帝釈天を挟んだ向こう側に、イシャナがいた。
 瞬時に獲物を奪われ、唸りをあげながら見失った月夜を探している。
 雪はそれに鋭い眼を向けた。


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