雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
 こぼれかけた涙が風に飛ばされた。
 跳躍した雪は、帝釈天に向かって傾斜する。
 神もまた、地を蹴り雪を迎え撃った。
 ぶつかり合う二人から飛び散った衝撃が、空気を伝い月夜にも降りかかる。
 激しい突風に曝され、何も見えなくなった。

「雪……!」

 名を呼ぶ声も掻き消されるほどの轟きに、世界が戦慄いた。

――何も見えない……いったいなにが起こっているんだ?

 地響きと共に、天上を雷鳴が切り裂いた。
 時おり稲妻がはしる以外、月夜の瞳には何も映らない。
 刻が経つにつれ、云い知れぬ不安は高まった。
 神という存在がどれほどのものかを推しはかることはできない。
 しかし魔物が神を超えるなど、ガルナでは有り得ないことなのだ。
 月夜はくちびるの裏を噛みしめた。

――そこまでしてボクを守ることに、どんな意味があると云うんだ…!

 人間が滅びようと、世界がどうなろうと構わないと云った男のことなど、考えたくもなかった。
 月夜を助けるためとはいえ、躊躇いもせず人の首をはねた冷酷非情な魔物…。

「もう、やめろ……こんなこと……みんな、みんなボクのせいなのか?」

 もしこの手に白童の鍵を持っていたなら、すぐにでも差し出すことができたのに。
 月夜は空っぽの手を握りしめ、地面に叩きつけた。

「月夜殿! ここからすぐに離れなさい。帝が宮殿でお待ちだっ」

 いつのまにか背後に近づいてきたのは、あの天照であった。
 だが、この嵐のような中では、どこに宮殿があるのか見当もつかない。
 すると天照の後ろに、何人かの人の姿がおぼろに現れた。
 それはどれも見覚えのある月読で、彼らは一様に厳しい表情を見せている。


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