光のもとでⅠ
 翠は俺の両脚の外側に手をつき体勢を整えると、頭をこちらに突き出す体勢となる。
 すぐ目の前に翠の頭があり、長い髪が俺のシャツにかかっていた。
 何度となく嗅いだことのある香りが鼻腔をくすぐる。
 変な感覚に陥りそうで、俺は焦って口をつく。
「バカなんじゃないの? 急に立つな。……眩暈がしたらすぐ座れって何度も言われてるだろ?」
 口を開けたところでこんな言葉しか出てこない。
「言われてるけどっ、立ち止まれないときだってあるっ」
 あまりにも大きな声が返ってきたから眩暈が治まったのかと思った。
 けど、違った。
 意思のある目なのに、声なのに、間違いなく俺を捉えているはずのそれと視線が交わることはない。
 意地っ張り、強がり……。
 そんなことすら愛おしく思えるから困るんだ。
 バカだ、と頭にきつつも、そんな部分も愛おしく思えるから――。
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