臆病の定義
わたあめ雲が太陽と被さり、どこかで烏がカアとなく。それは合図か、偶然か。
長く続いていた鬼ごっこにも終止符が打たれようとしていた。
余裕と冷静を振りかざし、黒猫が進路を変えたのである。ひたすら公園に円を描いていた黒猫が向かった先、それは公園の出口であった。訳もわからず追いかけられるばかりの黒猫は出口に鬼ごっこの脱出口を求めたのである。
しかしそれで諦める弟ではなかった。進路の邪魔をする赤いボールを隅へ蹴り飛ばす。そして「急に車道に飛び出してはいけない」と言う兄からの忠告さえ忘れて公園から飛び出した。
兄は急いでベンチから立ち上がり、制止を呼びかけるが無我夢中の弟には届かない。僕が立ち上がるよりも先に友人は険しい顔で弟を追った。
公園を出て間もなくの場所にある信号の青が点滅している。人間のルールを知らない黒猫は涼しい顔をして横断歩道を駆け抜けた。
そして信号が赤に変わったそのとき、弟は黒猫の後を追って横断歩道へ飛び出したのである。
遠くにいたトラックは間もなく近づいてくる。近くにいた人々が「危ない」と叫ぶも、意味がない。
僕は気付けば公園から出ていた。
横断歩道が遠く感じる。
ふと右に視線をやれば、そこには先程よりも一層大きくなったトラックが、クラクションを鳴らして――。
自分から血の気が引くのを感じた。
それは、「人の死」の覚悟。
目を逸らしたい、今ここで瞬きをしたまま瞼を開きたくないとまで思う程に。
しかし、瞬きをする寸前に視界へ飛び込んで来たのはトラックに気付いた弟ではない、血相を変えて横断歩道へ飛び出した友人の姿であった。
人々の金切り声が響き渡る。
何も知らなかったトラックが叫び声を上げている。
黒猫は路地裏へ消えた。
烏は西へ飛び立った。
間もなくトラックが兄弟へ接触する。
その瞬間。
兄は弟をその身体全体で包み込み、地を蹴った。
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