アカイトリ
目覚めたのは、その日の夜だった。

秋の虫も泣き始め、碧青で最も美しいとされる屋敷の庭園は、命に溢れている。


日中、寝ている間に何度も塗り薬を塗られ、夜は天花の舌で唾液で癒されて、傷は驚くべき速度で癒えていた。


布団からむくりと起き上がり、縁側へと出る。

あちこちに燈された松明の炎がまた、命を引き寄せる。


「よう」


空から降ってきた声に、颯太は動じず返した。


「黒か」


「俺にも名がある」


音もなく着地し、凪が颯太の前に立った。

部屋の前で番をしていた楓が気色ばむ。


「楓、いいんだ。少し席を外してくれないか」


「承服できかねます」


颯太の命令を忠実に守ったために起きた悲劇。

頑なに拒む楓に笑顔で返す。


「平気だ。何もしやしない。契約があるからな」


凪が眉を上げて、頓着なく颯太の隣に腰を下ろした。


「聞いていたのか?」


「ああ。意識を失う寸前にな」


そしてまた楓に視線をやると、渋々といった体でその場からは去ったが、見える位置に立ち、険しい表情でこちらを見ている。


「ありゃ番犬というよりは狂犬だな。俺を殺そうと殺気立ってやがるぜ」


「楓の家系は古くから我が一族を守護してきた者だ。仕方ないさ」


昔なじみの友達のように、言葉を交わすうちに、凪は奇妙な感覚にとらわれた。


「お前を殺そうとした俺が憎くないか?」


「…憎くはないが…複雑ではあるな」


天花と契約を交わした凪。

自分の命と引き換えに、契約せざるを得なかった天花。


「俺の命なんか守る必要はなかったのにな」


呟くと、隻眼の右目で顔を覗きこんできた。


「命を諦めているのか?」


「諦めてはいない。…が、死を受け入れてはいる」


凪は首を傾げた。

――不思議だ。

何なんだ、この清浄で、優しい空気は…?


…改めて凪は颯太の顔をまじまじと見つめる。


人にしては整いすぎたその美貌。


藍色の瞳に映るは、凪の不思議そうな表情のみ。


「お前は…たいそう美しいな」


庭園の篝火を見つめていた颯太の髪を引っ張ってこちらを向かせると、凪は噛み付くように颯太の唇に唇を重ねた。
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