アカイトリ
菖蒲の身体も数日の養生で回復に向かい、発つ日がやって来た。


その日は朝から天花の気落ちが激しく、ただぼんやりと支度をする菖蒲を見守っている。


「天花さんったら…そんなに見つめられるとわたくしに穴が開いてしまいますわ」


「だって…さびしい」


天花がうなだれながら言うと、さらりと朱い髪が胸に流れた。


心を許している颯太はともかく、菖蒲は“純粋な人間”としてははじめて天花が心を許した女だ。


――素直な感想を口にした天花の隣に菖蒲は腰掛けて、膝の上で固く握られた手に手を重ねた。


「二度とお会いできない、というわけではないのよ、わたくしは住んでいる場所へ戻るだけのこと。天花さん、颯太様を連れていつでも遊びにいらっしゃいな」


――その言葉を聞いてぱっと笑顔が戻った。


「本当か?」


今にも『付いて行く』と言い出し兼ねない勢いの天花は普段の高潔ぶりをかなぐり捨てていた。


「ええ、いつでも。あの森はわたくしの亡き夫が遺してくれた森ですけれど、迷うと大変だから必ず颯太様といらしてね」


暗に、颯太が『その道に慣れている』と言われたみたいで天花は心の狭い自分自身を内心詰った。


菖蒲は聡い女だ。

だからこそ、颯太に選ばれ、しばらくは愛でられた。


だが今は惜しくない。

天花は必ず颯太のやり切れない、そして決して語らない心の闇から救い出してくれるだろう。


「そろそろ月のものが明けるでしょう?颯太様はきっと待ち兼ねてらっしゃるわよ」


天花は菖蒲の手を握り返す。


「…わたしたちは決して結ばれない運命なんだ。だから…それは有り得ない」


「…そういえば、颯太様も同じようなことを言ってらしたわね」


――運命、宿命、絶望に悲恋。


全部が全部当て嵌まってしまう天花と颯太の成就しない想い。


ゆるゆると天花は顔を上げ、紅を引いたかのように真っ赤な唇を震わせながら、少しいびつに笑った。


「方法を探してるんだ。わたしたちが終わらない方法を」


出会いを無駄にはしない。


出会ったからこそ、無駄にはしない。


強い決意を瞳に込めた天花の頭を菖蒲は優しく撫でてやった。
< 147 / 160 >

この作品をシェア

pagetop