アカイトリ
全身ずぶ濡れになった天花は、颯太に抱き上げられながらも熱に浮かされたように身体をすりつけた。


使用人たちが驚きの眼差しで見ていたが、颯太は足早に普段は決して近寄りもしない回廊を通り抜け、それはまるで隠されたようにひっそりと壁と同色に塗られた引き戸を開けた。


「そ、そう…」


「今は俺の名を呼ぶな。お前が俺の名を呼ぶ時は、この腕に抱かれた時だ」


――急角度に深く続く階段をひたすら降りると壁は剥き出しの赤土、六畳の空間に牢屋がひとつ、主を待っていた。


「…ここに来ることはないと思っていたが…」


鉄柵の中に虚ろな表情なままの天花を下ろそうとするが、離れない。


颯太はまだいい。


けれど先程のように、他の男に抱きついている天花は見たくない。

絶対に。


「天花、俺の顔を見ろ。こちらを見るんだ」


両頬を挟んで無理矢理に目を合わせると、わずかだが理性の光が戻ってきた。


「おかしい…何か、おかしいんだ…身体の中が、頭がそれでいっぱいになる…!」


視線はなお颯太の腕や胸に注がれている。


颯太は優しく天花の身体を抱きしめると、壁に寄り掛かって座った。


「天花、見なければいいんだ。ほら、瞳を閉じて」


言われるがままに朱く潤んだ瞳は瞼に覆われる。


「天花…ここは特別な部屋なんだ。知ってるか?代々の当主の中には少なからず、気が触れた者が居たんだ」


――天花は瞳を閉じたまま身体を起こした。


「…本当か」


「ああ。神の鳥の血が濃すぎたんだろうな。俺の親父殿もかなり濃いらしいが、なんとか抑えている」


瞳は閉じていても、触れ合う肌の感触で天花の頬は上気していた。


「お前も…ここに入るのか。独りで?」


――それはなんと悲しい想像だろう。

自分のせいではなく、始祖と碧い鳥の行いでこんな狭く暗い部屋で生涯を終えるだなんて。


「俺は、ないだろうな。碧い鳥の血などわずかにしか流れてはいない」


だが天花は手探りで颯太の唇を手繰り寄せた。


「間違いなくお前も神の鳥だ。でなければこんなに惹かれることはない…」
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