アカイトリ
どれくらい床に突っ伏していたかわからない。


気がついたら、控え目に楓が隣の部屋に座っていた。


「…逃げられた」


「あれは人ではなく鳥です。お戯れは程々に」


堅苦しい口調で説教に入ろうとする二つ年上の楓を手で遮ると、颯太はむくりと起き上がった。


颯太の上半身はまだはだけたままだ。


限りなくさりげなく、楓は視線を外す。


「惑わされる。知識がないから、いちから教えねばならん。…まぁ、そこが燃えるんだが」


実は障子を隔てたすぐ外で楓は事態を聞いていた。


…主は、いつになく本気だ。


戯れに女を囲っては飽きれば捨て、見向きもしない移り気な颯太。


碧い鳥の末裔が故に颯太自身も、人を捕らえて離さぬ魅力が備わっている。


誰も、彼に逆らうことなどできないのだ。


…自分も含めて…。


「…今後どうなさるおつもりで?」


つがいになれ、と切なく天花に言った颯太の告白が耳から離れない。


颯太はがしがしと金の髪をかきむしると、掌を見つめた。


「どうすればいいのか分からない」


子供のように言った主に、楓は笑みを誘われながら茶を差し出した。


「颯太様のお好きなように」


「あれは手強いな。生半可にはいかない。時間をかけて、調教してやる」


新しい玩具を見つけたかのように見えるが、決して冗談などではない。


楓から湯呑みを受け取ると、颯太は当たり前のように楓に「直せ」命令した。


平静を保ち、楓がはだけた颯太の浴衣をあわせた。


…良い香りがする。


思わず鼻を鳴らした楓に颯太が気付くと、笑った。


「天花の移り香だ。良い香りだろう」


…違う。


これは、颯太の香りだ。


始祖の碧い鳥から与えられた、甘美な香り。


必死に誘惑と戦っていると、浴衣を直されながら颯太が呟いた。



「捕らえられたのは、俺の方かもしれないな…」



楓はそれに答えず、瞳を閉じた。
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