アカイトリ
朝餉の準備を慌ただしくして、蘭は颯太の部屋へ膳を持って台所を出た。


しばらく庭園が見える縁側を進むと、起きたてでまだ髪も整えていない颯太が、朱い鳥の姿の天花へ何事か話している。


会話は聞こえなかったが、蘭はなぜか柱の影に身を潜める。


「何よ…あたし、悪いことしてるわけじゃないのに…」


そしてまたそっと颯太を盗み見る。


自分と楓と颯太は乳兄弟 のようにして育った。

楓も自分も一生颯太のために尽くしていこうと決めていた。


…そんな颯太が、未だかつて見たことのない…されたことのない笑顔で、天花に話しかけている。


慈しみ、愛が溢れ出た表情。


颯太が天花の顔を覗き込んでまた何か言うと、天花がありったけの力を翼に込めて、ばさりと颯太の頬をぶった。


「きゃ…っ」


思わず声が漏れたが、颯太は痛がることもせず、逆に笑い声を上げると、不思議な仕草をした。


天花の前で、両手を何か丸いものを包み込むような仕草だ。


蘭は意味がわからずそれの意味を推し量っていた。


すると…天花が翼を畳み、その両手の間へと収まる。


颯太がそのまま天花を抱えて自分の膝の上に乗せたのだ。


颯太が白い歯を見せて笑い、また何か言って朱い鳥の頭を撫でる。


おとなしく丸まったまま、天花はされるがままになっている。


…急激な変化だ。


颯太の性質からして、もうあの鳥はあの腕に組み敷かれ、抱かれたかもしれない。


あたしが、長年願い続けている願望をいともあっさりと…


あの鳥は、がんじがらめに颯太の心を縛りつけているのだ。


――震える手をどうにかして押さえ付け、そのまま見守る。


後頭部に両手を回してごろんと颯太が寝転がった。

天花が腹に移動して座り直し、颯太の顔を覗き込む形になる。


…天花が人間であるならば、天花が颯太と抱き合うように重なり、まさに口づけをする寸前のような光景になるだろう。



「…あんな、たかが鳥に……」



愛しい人を、奪われたくはない。



蘭はただじっと耐えた。
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