アカイトリ
夜更け頃、天花が部屋から出てきた。

何か怪訝そうな表情を美しい顔に浮かべながら出て行く。


――蘭は手桶を持ち、入れ違いに颯太の部屋へと足を踏み入れる。


中央に寝かされた愛しい人。

上半身の浴衣は脱がされ、目を覆いたくなるような無惨な傷痕が斜めに走っている。


「こんな…っ、ひどい…」


近寄り、膝を折って氷水の入った手桶に布を浸して汗を拭いてやった。

美しい顔が、時々苦痛に歪む。

傷口に触れぬように、そっと身体を拭いてやった時。


「天花……」


ぴたりと蘭の手が止まった。


「天花…どこにも、行くな…!」


唸されていた。


「このような目に遭いながらも、なおあの朱い鳥を求めるというの…?」


――嫉妬で目の前が真っ赤になる。


こんなに・・

こんなに側にいるのに…。

呼んだ名は、違う女の名。


…再び布を浸し、目許を覆い隠した。


「颯太……」


出会ってはじめて、敬称をつけずに愛しい人の名を呼んだ。


颯太が唸されながらも蘭の方へ顔を向ける。


伸びる手。それを両手で包みこんだ。


「あたしは、どこにも行かないわ。颯太…。ずっとずっとあなたの傍に居る」


静かに顔を寄せると、颯太の唇に唇を重ねた。

はじめての、口づけ――

思いの外強く、颯太がそれに反応して舌を絡めてくる。


「ん…っ」


「天花……天花…」


また、自分の名ではなく、朱い鳥を求める颯太。


首に両腕を絡ませられ、半ば倒れこむように深く、深く唇を求められた。

颯太の、甘いため息が蘭の脳髄を溶かしてゆく。


何度も何度も、重なり合う唇。


次第に蘭は耐えられなくなり、自ら身体を起こすと、子供を寝かしつけるように耳元で囁いた。


「…今は、眠りなさい。そして本当の…」


“本当のあたしの名を呼んで”


奇しくも天花と同じ言葉を飲み込む蘭。


そのまま逃げ出すように部屋を飛び出し、颯太は意識を失うように眠りについた。
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